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19 2018

おんがく

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知らない歌をくちずさみながら、知らない街を歩いていたら、世界のどこか、知らないだれかと、こころが通じあったようなきがした。
きっときのせいだけど、なにかなつかしいような、どこかのことをおもいだしそうになった。
そんなことが何度もあって、そのたびにきみは、おもいつくままの言葉で、でたらめな唄をうたった。

きれいな音楽は、かなしみやさみしさやせつなさを心にうかびあがらせる。
普段は沈んでいるそんなものを、うかびあがらせる。
音楽にこめられた、かなしみやさみしさに、いっしょにふるえるから、涙がでたりするんだよ。
ずっと忘れていたことだって、音楽はすくいあげる。
心は、ふだん思っているよりずっと深くて、いつもは忘れていられる場所にも、感情がしまわれていることに、きづかされる。

22 2018

たんぽぽを眺める人

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1、その町で、ぼくは野菜を買い、たんぽぽを眺め、昼寝して、すこし働いて、生きた。
ぼくはだれとも、深く心をかよわすことなく、いつも遠い昔のことや決して知ることのない遥か未来を空想した。
遠い昔、ぼくはいまよりもシャボン玉がすきで、水たまりの中でみつけた花びらを大事につまみあげた。 遥か未来、ぼくはいなくて、みんないなくて、それでも世界は在って、光を発しているのは太陽ではなかった。

2、ぼくは、悲しいくらいに何かに焦がれていた。
でもそれが何かわからないまま、ぼうっと夕方の公園に、よくいた。
夕方の空には、ときどきUFOがいた。
UFOは、夕日を反射して、金星よりも明るい白い星のようだった。
UFOは、ただ夕空を旋回し、だんだんと小さくなっていった。

3、いつか夢の中で行った廃墟には、いなくなったかのじょがいて、ぼくを永遠に廃墟に迷わせた。
彗星が空を走っていて、海に落ちる間際のものすごくまぶしい黄緑の光を発していた。
かのじょはいつもぼくにいう。
結局あんたはなにものこさず死んでいくのよ。

4、あんなにも、道も空もぴんくに染めた桜の花びらも、いつのまにか姿を消して、またいつも通りの薄ぼんやりした道だ。
ぼくは仕事をおえて、猫をかぞえながら帰っていた。
おぼろ月夜。
月は、永遠に触れられないから、永遠にぼくのユートピアだ。
ふいに道の向こうから風が吹いて来て耳元でささやいた。甘い香りがした。
それは、桜の声かもしれなかった。





22 2017

ユキハルさんと栞

ほんとうに、ユキハルさんの一番の宝物は、ただの黄色い栞の紐だったのです。絵本の中のトラのように、少し橙がかった黄色でした。僕がいつもの喫茶店でユキハルさんを見かける時、たいていユキハルさんはその黄色の栞を愛でていました。人さし指と親指で、栞の根元から先までをするするとなぞりそれを幾度も幾度も繰り返しています。栞は全体が細かく毛羽立っていて、先の方はクジラのしっぽのように二手に割れてしまっていました。

栞を可愛がっているユキハルさんは、どこかからかいたくなる風情があるのかもしれません。僕は、そんなにそれがすきなら、本からはずしてあげようか、と言ったことがあります。するとユキハルさんは、首がちぎれそうなくらいに被りを振りました。ぶんぶんぶんぶん。 ぶんぶんぶんぶん。とんでもない、と言う顔で、何も言わず目をかっと見開いてこちらをじっと見るので、僕は吹き出して、冗談だよと付け足しました。ユキハルさんは真面目な顔でうん、とうなずくのでした。

僕は、ユキハルさんを見ていると、子どもの頃からの悪い癖が出てきそうになりました。その癖は、人の宝物を奪うことです。
宝物を奪われた人々の様子は、実に興味深いのです。僕は、すがりつくような目で宝物を知らないかと尋ねられる瞬間に、しらを切るのが最高にすきでした。

僕はある日、ユキハルさんが席を立った時にその本を懐に隠しました。
喫茶店の店主は、咎めるように僕を一瞥しました。僕はにっこり笑って、いたずらだよと答えました。店主は肩をすくめるだけで、何も言い返しはしませんでした。
ユキハルさんが、席に戻ってきました。
その途端、彼は電気が走ったかのように飛び上がりました。口をパクパクさせ、それから喫茶店の中をぐるぐる回って探し回り始めました。机の下椅子の下じゅうたんの下窓を開けて向こうの道ゴミ箱の中花瓶の中。僕は笑いをこらえてそれを眺めていましたが、ユキハルさんが花瓶を落としそうになった時、店主が私をにらみつけたのでそろそろ終わりにすることにしました。
ほら、あったぞ、そう言って何気なく本を取り出し、ユキハルさんに渡しました。
すると、ユキハルさんは、目にうっすら涙を浮かべながら満面の笑みをしたのでした。

その日から、ユキハルさんは、僕が喫茶店へ来ると、駆け寄ってきて栞を見せてくれるようになりました。ユキハルさんは、あの時僕がみつけただけで、隠したとは思っていないのでしょうか。僕はなんとなく、ユキハルさんに対して笑うのが、日に日にへたになっていく気がしました。

僕は、ユキハルさんがその本の栞が好きなのは、どうせ誰かの形見だろうからだと思っていました。けれどもそう店主に言うと、店主は被りを振りました。彼はただ、あの本についているあの栞、あの色が特別に好きなだけだよ。と言いました。
ユキハルさんのことは、僕の理解を超えていました。

僕は、それを聞いてからなんとなくユキハルさんを憎く感じるようになりました。そんな風に大事にしていたって、失くすに決まってる。と言ってやりたいと思いました。あのくじらのしっぽみたいな先割れだって、失くすに決まってる。
ユキハルさんは、その日もやはり僕が喫茶店へ入ると、駆け寄ってきて栞を僕の目の前でぴらぴらさせました。僕はなんだか、かんに触って、栞をぎゅっとつかみました。そのまま引きちぎってやるつもりで。ユキハルさんは、一瞬おののいたようでしたが、薄く笑うと、指をゆるめるジェスチャーをしました。僕はなぜだか従って、栞をゆっくりなでました。なんだか僕の中の何かが柔らかく崩れてゆくのを感じました。ぽろぽろと雪のようにこぼれてゆきました。

その日から、僕はユキハルさんの栞を撫でさせてもらうようになりました。
ユキハルさんも栞も、ずっとずっといつまでも変わらずにあるもののひとつなんじゃないかと、ふとそんな気がして、なんだか可笑しくなりました。
17 2017

触覚記

ニンゲンでないものになれた子の頭からは桃色の触覚がはえて、虫の気持ちがわかるようになる。青天使はそう言ったのだった。

3ヶ月間部屋に閉じ込められていたフユは、
深夜、こっそり布団を抜け出し、ベランダへ出た。母親が眠っている間だけは、ベランダへ出れた。外の空気を吸うのは久しぶりで、フユは冷たい外気に少しむせた。
ベランダから、棟の屋上に青いものがみえた。
人だった。しかしそれは、絵本に出てきた天使によく似た姿をしていた。翼も皮膚の色も青色だけれども。
天使は何やら呟いていた。おまじないをとなえるように。フユに聞き取れたのは、少しだけだった。
ニンゲンでないものになれた子の頭からは桃色触覚がはえて、虫の気持ちがわかるようになる。
天使の青い顔が、フユを見た気がした。

フユはその晩夢を見た。
鍋いっぱいに白い蛾を煮詰めている。これを食べれば、触覚がはえると信じていた。しかし青天使は首を振った。そして、もっとこうしなくては、というような事を言ったのだが、目覚めた時フユは、それがなんであったか忘れてしまった。
けれども、朝、母親が鍵を閉めて出て行った途端思い出した。
白い蛾を煮詰めたものは、母親に食べさせるように、ということを。

つづく
31 2017

いまむらくんはうちゅうじん

いまむらくんは、みんなとちがいます。
いまむらくんは、みんなと手のかずもかおの形もちがいます。からだの色もちがいます。
とおいほしから来たんだそうです。

はじめていまむらくんが教室に来た日、いまむらくんは、黒ばんの前で先生にじこしょうかいするよう、いわれました。
でもいまむらくんには、口のような小さな穴がふたつあるだけで、ことばがはなせないみたいでした。
口のような小さな穴から、ふすふすと音がしただけで、そのときぼくたちはいまむらくんのことをぼくたちとはちがうとつよく感じたのだと思います。
そのあと先生が、かれはいまむらゆきひろくんといいますといいました。それから、とおくからきたのだからやさしくしてあげてくださいともいいました。

でも山本くんや田なべくんやささきくんは、いまむらくんにやさしくしませんでした。ほかの男子や女子もやさしくなかったと思います。ぼくも、あまりやさしくなかったです。
山本くんが、いまむらくんのからだをつよくつねっても、いまむらくんはなにもいわないので、山本くんはもっとつよくつねりました。
田なべくんがけしごむをなげても、いまむらくんはだまっているので、ささきくんがチョークのこなをいまむらくんのあたまにかけました。
ぼくは、なんとなくだまってそれをみていました。いまむらくんかわいそうとおもったけれど、なにもいいませんでした。

お昼から、雨がふった日のことです。雨は、ほうかごまでふりつづきました。
かさがなかったぼくは、くつばこでぼんやり雨がやむのを待っていました。
きがつくと、となりにいまむらくんがいて、ぼくにかさをさしだしていました。
タコみたいな、ほそくてながい手でした。
ぼくはなんだかどうしたらいいかわからずに、いまむらくんが、そばにいるのがこわいきがして、あっちいけ、といいました。
でも、あたまの中では、いまむらくんのからだがきれいなもも色で、すこし光っているようにきれいで、びっくりしていました。
いまむらくんは、ぼくのあしもとにかさをおきました。
そして雨の中かえっていきました。

ぼくは、だれも見ていないかかくにんしてから、いまむらくんがおいていったかさをひらきました。
それはすてきなかさでした。
かさのうちがわがぜんぶ、ピンク色のうちゅうでした。雨雲におおわれた空を、ぼくはわすれました。
ピンク色のうちゅうには、ぼくのしらない星がたくさんあって、しらない星にはしらないいきものやまちがあるんだとおもって、
ぼくはそんな星のようすをたくさんそうぞうしながら帰りました。
しらない星の空は、たとえばミントアイスみたいなみどりいろで、学校もなくて、いちめんにじいろのさばくで
いまむらくんもぼくのようにしゃべれるのかもしれません。
ぼくはうちにかえって、そんな絵をかきました。そして、絵のすみに、かさありがとういまむらくん、とかきました。

次の日、ぼくはいまむらくんのつくえにおれいの絵をいれることができませんでした。
その次の日もできませんでした。その次の日も。ずっとずっと、できませんでした。
山もとくんやたなべくんやささきくんが見ているきがしたからです。
そのあいだも、いまむらくんはいろんないやなことをされていました。ぼくは、何度もいまむらくんの机のそばにいって、絵をいれようとしました。
でもどうしても、いれられませんでした。

ある日、いまむらくんは学校にきませんでした。
次の日もきませんでした。
先生がいいました。いまむらくんは、おひっこししました。
するとだれかひやかすようにいいました。こきょうの星がこいしいよう、えーん。
みんな、どっとわらいました。
先生は、はっときびしい顔になっていいました。
いまむらくんのうまれた星はもうありません。
教室中が、しんとなりました。

その日の夜、ぼくはいまむらくんのゆめをみました。
ゆめのなかで、ぼくはいまむらくんに、しらない星の絵を、わたしていました。
いまむらくんは、こくんとうなずきました。そして、ぼくのひたいに手をあてました。
ぼくのひたいになにかがはいっていくようなきがしました。
ぼくはそれが、いいものなのかわるいものなのかわかりませんでした。
ぼくは、いまむらくんがすこしこわかったのです。
でも、いまむらくんはあいかわらずきれいな桃色で、それはなんだかやさしいきもちになれるような色でした。

いまむらくんには、あれからもう会っていません。
それでもなぜか、いまむらくんはぼくのことをわすれていないようなきがするのは、ぼくのきのせいでしょうか。
それとも、ぼくがずっと、いまむらくんのことをわすれられないからなのでしょうか。
しらない星の絵は、いつのまにかなくしてしまいました。

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